盛岡冷麺と韓国冷麺の原料の違いと由来は?ファミマも弾力がすごすぎる?

   

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岩手県の麺類として、わんこそば、じゃじゃ麺、さらに夏にぴったりな盛岡冷麺が名物ですよね。

そういうわけで、今回はファミリーマートの『盛岡風冷麺』を紹介し、夏の暑さを
吹き飛ばしましょう。

さらに、そっくりさんの韓国冷麺は原料が違うらしいので盛岡冷麺の食レポをかねて調査しましたが、
祖国の味を大切にする朝鮮出身の料理人のエピソードや、食文化を通じた外国との繋がりの大事さも
学ぶことができました。

つるつるで弾力のある麺がおいしい!!

最初に思う疑問ですが、盛岡冷麺にが付くのはなぜでしょうか?

理由としては公正取引委員会が設定した基準をクリアする必要があるからです。

その基準ですが、盛岡市で作ることはもちろん、原料や麺のコシなどをクリアしないと
正式に盛岡冷麺と名乗れないのです。

札幌ラーメンやさぬきうどんなどの名産品もそうらしいですね。

厳密には盛岡冷麺でないコンビニ商品の場合、ちょっとネーミングを濁して盛岡冷麺にしたと思われます。

続いては内容物です。

具材5種とスープ、白い麺が入っています。

原材料を見ても、『ゆで冷めん』と表記されており、中華麺とは別物っぽいですね。

ゆで卵、チャーシュー、わかめ、きゅうり、キムチが揃っています。

スープには「液が飛び散らないように」と書かれているので、
慎重に袋を破って・・・

冷麺に投入しました。

麺はつるっとしているのでよくほぐれやすいです。

そして、具材も全部トッピングしました。

お箸の感覚だけでも、かなりコシが強くぷりぷりしている感じが伝わります。

実際に食べてみると、うどんというより糸こんにゃくみたいな、かなり弾力のある食感です。

非常につるつる滑りやすく麺がお箸から逃げやすいので、しっかりつまんで頂きましょう。

淡白な炭水化物にはキムチの辛味がやっぱり合いますね。

このキムチの赤いペーストみたいなのが、スープに溶けてキムチの辛味や酸味が移り、
味の変化を楽しめますし、何より牛骨ベースのダシとキムチの味が親和しています

それに和風だしとはまた違う旨味があるのもかなりいいポイントで、
セブンの冷やし中華と同じように飲み干してしまいました。

麺もスープも透明感があって夏らしく、さらにキムチと合わさり三位一体のおいしさが実現されており、
初めて召し上がる方も癖になるおいしさだと思います。

個人的にはキムチを多くして辛くしてもいいと思いましたが、それでも十分満足な一品です。

韓国冷麺の原料の違いと盛岡冷麺の由来は?

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同じ冷麺なので似通ったものですが、ある焼肉屋で出していた韓国冷麺が由来となっており、
日本人の舌に合う味に何度も改良を重ねていった歴史があります。

そのため、現在の盛岡冷麺は韓国冷麺とは少し原料が異なるようです。

朝鮮出身の青木輝人さんが考案した!?

朝鮮半島北部のハノンで生まれた青木輝人(あおきてると)さんは、
昭和13年に東京に来日しました。

その頃は戦争があり反日感情も根付いていましたがそれでも青木さんにとって、
大都会の東京は憧れの場所だったそうで、上京してしばらくした後、
知り合いのツテで盛岡市に移り住みました。

終戦後の昭和29年、青木さんが焼肉店『食道園』を開店し、焼肉店でありますが
祖国の味を再現した韓国冷麺も提供していました。

東京の食べ物屋で1年ほど働いた経験はありますが、お店で料理を作るのはほぼ初めてで
独学でお店をきりもみしていたようです。

原料の違う韓国冷麺2種類を融合した!?

青木さんは祖国の冷麺を参考に作りましたが、同じ朝鮮でも地域により異なり
大別すると冷麺は2種類
あります。

  • 咸興(ハムフン)冷麺

スープがそもそも無く、代わりに唐辛子ベースの辛い調味料が添えられており、
ジャガイモやサツマイモのデンプンで作った麺は弾力に富み、辛いソースを混ぜることで
夏の厳しい暑さでもおいしく頂ける冷麺です。

  • 平壌(ピョンヤン)冷麺

牛骨など肉類でダシをとった冷たいスープで、水キムチ(唐辛子不使用の辛くないキムチ)を使い、
麺にはそば粉を混ぜており黒っぽく、冬の寒さが厳しいときに食べますが、暖房でポカポカの家で
頂く冷麺は格別らしいです。

青木さんは、2種類の冷麺を融合させ、牛骨スープの、辛く、そば粉を使った冷麺の『平壌冷麺』として
売りましたが、いずれも朝鮮由来の冷麺です。

また、青木さんの冷麺は玉子やきゅうり、カクテキ(大根キムチ)、チャーシューなど使用しています。

一般的な盛岡冷麺の具ですが、キムチもあれば口直しのためのスイカや梨といった
果物もあり、韓国冷麺と盛岡冷麺の違いというより、料理人のセンスによるでしょう。

平壌冷麺を日本人好みにアレンジした!?

開店当初は「ゴムみたいな食感でまずい」と言われ、日本人にはおいしさが伝わらなかったです。

お客様の中には、お金を払わず出て行ったという話もあるくらい酷評だったようですね。

不評だった平壌冷麺ですが、青木さんはめげずに試行錯誤を重ねて日本人に合うようアレンジしました。

平壌冷麺は通常そば粉を使うのですが、青木さんは小麦粉を使うことでコシのある食感を残しつつ
透き通った白さと喉越しがよい麺を提供しましたが、これこそが盛岡冷麺の始まりです。

改良・工夫して誕生した盛岡冷麺はコシが強すぎてキムチの辛さもありますが、
それが癖になるおいしさとなり段々とお客様の数も増え、盛況してきました。

平壌冷麺はそば粉のため麺は黒く、スープもほとんどないものであり原型とは少し異なるものとなりましたが、
コシのある麺、キムチ、牛骨スープの祖国の味は守り、現在の冷麺にも受け継がれており、
青木輝人さんは亡くなった後、息子である雅彦さんが跡継ぎし、冷麺のおいしさを伝えています。

つまり盛岡冷麺と韓国冷麺の違いは?

  • 盛岡冷麺 (スープ使用、辛さあり、小麦粉で弾力のある麺)
  • 咸興冷麺 (スープなし、辛さあり、ジャガイモやサイマイモのでんぷんで弾力のある麺)
  • 平壌冷麺 (スープあり、辛さなし、そば粉で黒い麺)

調査してみると、大体こういった違いがあることが分かりました。

そんな盛岡冷麺ですが、『食道園』では『平壌冷麺』として作っていたので、まだ盛岡冷麺という
呼称はなかったようです(もっと言うと食道園では今も一貫して平壌冷麺としてメニューを掲げています)。

まねをし始める人も続出し名物となった!?

日本が高度経済成長であった昭和40年代には、青木さんの『食道園』が好評のために、
それに乗っかって、焼肉兼冷麺店を出す人が多くなりました。

お店のロゴまでパクられることもありましたが、青木さん本人は気にしなかったため、
盛岡冷麺は盛岡の至るところで登場するようになり、盛岡は冷麺で有名な町となりました。

さらに『焼肉ガーデン ペコ&ペコ』(現在は閉店)もテレビやラジオのCMにより、冷麺は岩手県でも
知名度が高くなったようですが、そこでも盛岡冷麺でなく平壌冷麺か韓国冷麺、冷麺という名前のままでした。

初めて『盛岡冷麺』のネーミングを付けたのは誰?

昭和61年に盛岡市で開催された『ニッポンめんサミット』で盛岡冷麺のブースを
設立したのがきっかけと言われています。

二世である邉龍雄(ピョン・ヨンウン)さんが『ぴょんぴょん舎』というお店を開店する前、
サミットから声がかかりブースで冷麺を出すことにしたのですが、『盛岡冷麺』として看板を出したのです。

以前は平壌冷麺もしくは単に冷麺と呼ぶのが普通でしたので、初めて盛岡冷麺を名乗ると
「故郷の味を安売りする気か」と、同じ在日の方から非難されました
(最も、一部で県外からは既に盛岡冷麺として知られていたようです)。

邊さんも祖国ではなく盛岡と名乗るかどうか苦悩しましたが、悩んだ末、
ブースの出展も焼肉店の出店も決意しました。

当時は激辛料理がブームになっていたこともあり、盛岡冷麺は全国的に有名なグルメになり、
開催日の10月17日は『盛岡冷麺の日』と名づけられました。

ちなみに『ぴょんぴょん舎』は今でも盛岡市で数店舗ある有名店であり、冷麺だけ頼む
お客様も多く、盛岡冷麺の人気がよく分かります。

盛岡冷麺が文化交流のきっかけになる!?

実は邊さんは、答えを知るために同じ2世の知人から意見を聞いたり、生みの親である青木さんの元に
訪れることもありました。

元々食文化は海外へ伝わり独自の変化を遂げるものであると聞き、祖国の料理である韓国冷麺が
盛岡冷麺として定着した経緯を伝えたい、その使命感に邊さんは駆られたようです。

私の考えですが、食文化を通じて海外の人たちと対等に向き合うのが大切だと分かり、邊さんは
『盛岡冷麺』としてお店を出すことを決心したのでしょう。

実社会でも文化の違いでいがみ合うこともあると思いますが、食文化なら「おいしい」が伝われば不思議と
仲良くなれるので、食文化は国同士を仲介する重要な役割を担っていると私は思います。

また、地元の名物なので盛岡市民も誇りに感じていますが、経緯を知っている邊さんも朝鮮人としての誇りを
持っているからこそ、邊さんも盛岡の有名なグルメとして広める努力ができると思います。

まとめ

ファミリーマートの『盛岡風冷麺』は白い麺の弾力が強く、キムチの味が溶けた牛骨スープとの
相性も良く、麺の食感で癖になる味です。

韓国冷麺には咸興冷麺、平壌冷麺の2種類があり、スープの有無、辛さ、そば粉を使った麺といった
違いがあり、それらを融合させたのが『食道園』を開店した朝鮮出身の青木輝人さんであり、
そば粉の代わりに小麦粉を入れて白く弾力のある麺に変えたところ癖になる味だと話題になりました。

好調だった『食道園』の冷麺をまねする焼肉店が続出し、さらにCMも出すお店も登場しましたが、
このころはまだ盛岡冷麺と呼ばず、平壌冷麺か韓国冷麺、単に冷麺と呼ばれていました。

邊龍雄さんが『ニッポンめんサミット』のブースや『ぴょんぴょん舎』で初めて盛岡冷麺と名乗りましたが、
祖国の名を安売りしていると、同じ在日の方から非難が出ました。

邊さんは盛岡で育った独自の冷麺であることを伝えることが務めだと思い、お店の開店を決断し、
盛岡冷麺が全国で盛岡名物として周知されるきっかけとなりました。

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